2026年の現在からすれば40年前となるが
現代も葬儀のやり方に大きな変化はない
この映画は俳優兼映画監督のご本人の身にふりかかった体験を
そのままに再現した場面も多く、貴重な葬儀教材とも言える
亡くなった雨宮真吉は69歳
母親の腹に生命の授かった時点も数えて
享年70歳だ、と住職。以下、雨宮真吉とほぼ同じ年齢の私が頭に焼き付いたシーンを取り上げる。
老夫妻雨宮真吉・きく江は兄雨宮正吉やその親族の暮らす三河から湯河原に移り住む。その湯河原には娘夫婦でどちらも俳優の雨宮千鶴子・井上わび助が住んでいたが、小学生の息子二人を連れて都内に住んで、空き家になったタイミングだった。
夕方に雨宮真吉が健康診断から帰ってくる。異常なしの結果に大満悦。
アボガド、ロースハム、うなぎ。
極端に倹約家の真吉が値の張るものばかり買い込んでいた。
69歳が将来の抱負を語る。
19歳か20歳のガールフレンドが欲しい。礼金を与えて話し相手になってもらいたい。老い先長くないし、好きにしていいか。
きく江は、そんな女性どこにいるかと否定的だ。たくさんの木の緑や青空の広がるウッドデッキで、浮かれつつ食事後異変が起きた。胸が苦しく収まらない。隣家の精神科医の助けを借りて病院にいくも、息を引き取った。
第一日目(亡くなった当日)テレビコマーシャルの撮影中、父親真吉の訃報が、実娘千鶴子に伝えられる。葬儀場所を巡って、千鶴子と夫・わび助に食い違い。
わび助は、湯河原の自己名義の住宅を葬儀場所とすることに難色。葬儀費用の負担もあることを挙げる。千鶴子は、母親で、喪主となるきく江が、夫の親族のいる三河だと気兼ねもある、と湯河原を推す。結局、湯河原に決定 。
撮影付き人・青木現る。ぼさぼさ髪、サングラス、アロハシャツ、白スラックス、一見その筋かと見まごう姿とは裏腹に、たどたどしい言葉で挨拶。
(なかなか言葉でない)このたび、お父様がお亡くなりになったとか。本当に突然の事で何と申してよいか。心中お察します。(わび助も、お父様が亡くなったと言われて違和感)
マネージャー里見、葬儀屋に連絡。棺桶(お棺)を手配。グレードを尋ねて13万円に決定。遺体のある病院に運ぶ事を要求。この結果をわび助に伝える。高いんだか安いんだか分からねえな、と。苦笑しながら。また、出前すしを15人の所、20人分湯河原自宅に注文。
わび助、家で二人の小学生の息子に襟を正していう。
いいか、大事な話だからしっかり聞け、じいちゃんが病気で急に亡くなった。悲しい事だが人間かならず一度は死ななければならない。だから諦めるしかない。じいちゃんの一生はあまり幸せでなかったかもしれない。しかし、最後はおまえたちみたいな良い孫に恵まれて楽しかったんじゃないかな。
わび助家族4人、マネージャ井上二つの自動車に別れて東京から湯河原に移動。もう夜であった。天気は盆をひっくり返したような土砂降り。病院には、葬儀屋海老原を始め、未亡人となったきく江、わび助妻・千鶴子家族4人と故人の兄貴・雨宮正吉総勢7名余が待ち受けていた。
わび助夫妻らが、喪主となったきく江に尋ねたことは、体調を崩して亡くなるまで、故人がどれだけ苦しんだかという事だった。きく江の説明に安堵するところもあった。
事業を手がけていて、昔気質の雨宮正吉と、わび助ら他と故人をいつのタイミングで棺桶に入れるかで対立する。いったん棺桶に入れてもしかるべき場面では、遺体を出して布団に寝かすべきだと主張する雨宮正吉に対して、悪天候のことあり、この場で入れて、あとはそのまま棺桶に入れたままで通そうというわび助。喪主のきく江の意思も確認して、わび助側のやり方になった。
土砂降りの中、棺に収まった故人は、雨宮正吉を除く男性4人で搬出。
マネージャ井上、わび助から20万円預かって、病院会計。たった?4万円弱の請求に、笑いこげる。四人の看護師あいさつ。「どうも力及ばず申し訳ありませんでした。どうぞ、力落としのありませんように。」一同深く体を曲げる。
わび助宅に棺が運ばれた。その方角について、またしても雨宮正吉が眉をひそめる場面があったが、偶然か、故人北枕になっていたので丸く収まる。ウッドデッキの家は、周囲の動きによって葬儀会場にふさわしい場になっていく。翌日第二日目の通夜には住職も招く、そして最終を飾る三日目、告別式、火葬に向けて葬儀屋とわび助、井上らがやりとり。
俳優業とは言え、義理の父親の葬儀に、わからない所だらけのわび助、挨拶の仕方に苦慮もしている。住職を迎えて、どのように振舞うか、葬儀屋海老原に詳しく尋ねる。第一お布施いくら渡すか。10万円でも20万円でもと言われ、同席の井上、10万円と20万円で2倍も違うじゃないですかと言い方に不満。千鶴子も、はっきりおっしゃって、と迫る。これを受けて海老原、お宅の様子からと豪華な家の造りを眺めつつ、20万円でどうですか?と。これでお布施の額が決定。
住職が現れたら、お茶と、お土産にお饅頭を包むことを挙げる。
通夜の夕べは、近隣、真吉のゲートボール仲間、大勢が一堂に会して、かなりな盛り上がった。酒も入ってずるずると長引きそうなところ、通夜という事もあり、女性たちからお開きの催促がなされる。潮が引くように、集まった人たち帰途につく。
実業家の顔もあり、どこか老獪な雨宮正吉に対して、悪口を叩く親族もあったが、第三日目、野辺送りの場面で、その雨宮正吉が、身内関係者、集まった大勢の住民を前に、その場に相応しい絶妙な挨拶もする。
私、雨宮真吉の兄の正吉と申します
誠に僭越(せんえつ)ですが親族を代表しまして挨拶を述べさせていただきます。本日、お忙しいところ、ご会葬いただき、誠に有難うございました。その上、ご厚志(結構な供え物)を賜りまして、 故人も深く感謝いたしておる事と思います。
故人は北海道に生まれ戦後の厳しい時代を身一つ(頼るもの無い状態)において、私と兄弟手を携えて乗り切って参ったわけでございます。晩年は縁あって湯河原の皆さまのお陰で幸せの余生を送った次第です。
ところがこの度突然の病に倒れ手当の甲斐もなく帰らぬ人となってしまいました。
今後の皆様のご好意を・・
(ここで言葉に詰まり、号泣。周囲の涙を誘う)
お受けになることもできず、お別れになった次第です。
【続きは映画そのものを見てお楽しみにしましょう。】




